【緩やかな朝】





目覚めは不意に訪れる。
眠たくて、眠たくて。其れでも、中々に寝られなくて。
そして、其の内。気を失うように、泥のように眠り果てる。
毎日が其の繰り返し…否、眠りに付くのは数日の内、片手で数えられる程度の時間なのだが。
やはり、この日も例外では無くて。
私は何時の間にか深い眠りに落ちていた。

肌触りの良い感触に身動ぎを繰り返す。
重たい瞼をゆっくりと開けると、目の前には黒い布。

「……何ですか、これは」

上体を起き上がらせて、其れを手に取る。
ソファに横たわる己に掛けられた物。恐らく、コート。
何だ、と問いながら、確信に近い予想は付いていた。
だが何故、彼の物がここに有る?
小さな疑問は、ふわり、と漂う香りで霧散していく。
気紛れか、其れとも急用か、何かしら有って来たが私は寝ていた。
起こさずに帰った所を見ると、大した用でも無かったのだろう。
御人良しの彼は何も掛けずに寝ていた私に、コートを掛けて帰ったいった。きっと、そんな所。
其の証拠に仕込まれたメスや器材がコートには無いじゃない。
無理矢理、納得出来る答えを導き出すと、また、うつらうつらと眠たくなってきた。
熱い珈琲でも煎れようか、と考えるが、止めた。寝直す事にする。
掛けられたコートを手に寝室へと向かう。
扱いは丁寧に、皺でも付けたら何を言われるか分かったもんじゃない。
何だかんだと子供のような人物を脳裏に描いて、薄く微笑を浮かべる。

「…………っ」

上機嫌に寝室の扉を開けると、息を呑んだ。

純白のベットで、包まるように寝ている人物。
天才外科医、ブラック・ジャック…其の人。
すやすやと安らかに、僅かに笑みまで浮かべて、随分とまぁ幸せそうだ。
何だって、この人は、まぁ…

「…こう、無防備なんですかね」

呆れた溜息と共に、知らず独り言が零れる。
何で、人のベットを占領しているんだ。

「…ん…?」
「御目覚めですか」
「キリコ」

パチパチと数度、瞬きを繰り返す、寝起きは悪いようだ。

「眠い」
「眠っていて良いですよ、仕事の予定は?」
「明後日まで無い」

やけにハッキリした口調だが、素直な返答。
完璧に寝惚けている。
やがて長く待たぬ内に、また、寝息が聞こえ始めた。
調子に乗って、其の特徴的な髪を、指で梳き撫でる。

「おやすみなさい、ブラック・ジャック」

そうやって指を通る感触を楽しんでいたが、しばらく経った後、そそくさと離れてコートをハンガーへと掛ける。
もう寝る気など、遠くへ吹き飛んでしまった。
正直な所、大人しく『一緒に二度寝』など出来る状況では無い。
顔の筋肉とは違って、素直に反応を見せる己の分身。
其れに、困ったような、情けないような…何とも表現しがたい気分になって、自らの銀髪を掻き乱す。

「熱い珈琲でも飲みますか…」

熱くて渋い珈琲を楽しもう、そうしよう。寝室を退室してキッチンへと向かう。
ミルクも砂糖も入れずに、ゆっくりと抽出した頭の冴える珈琲を。
そうしたら、彼が起きる頃には困った分身も落ち着いているに違いない。
落ち着いていると、願いたい。






fin.