真冬の冷たい空気を運ぶ、風が吹く。 空の状況は、晴れ。 雲一つ無い冬晴れの空だ。 今日も今日とて終わる事の無い執務が続く。 …そんな日常と変わらぬ和やかな空気を、絶叫が切り裂いていった。 「です、からっ…申し訳有りませんが、御断りさせて頂きますっ!」 「そんな事を言わずに!秀麗殿!!」 「たかが酒宴の一席、御相手下さっても良いでしょう!?」 ドタバタと礼儀の欠片も無く、走り回って逃げる紅一点、秀麗。 そんな彼女と“出来れば御近づきに…あわよくば”と夢見る官吏達が追いかけっこをしている。 何時もならばストーカー、彼女の叔父(非認知)である紅家当主・黎深が目に入れても痛くない姪の為に使えない官吏の一人や二人や、五人や六人。 簡単に地方へと飛ばす、もしくは永遠に消息を絶ってしまっている筈なのだが、今日に限っては其の姿が見えない。 (あー、もうキリが無い…っ) たかが酒宴…受けてしまえば良いのだろうが、如何せん下心が見え見えで相手をする気になれない。 そろそろ、長廊下をすれ違う度に好奇の視線に晒されるのも勘弁して欲しい。 何処か避難場所を、と考えながら廊下を猛スピードで駆け抜けた。 「……何をしてる」 「あいたたた…も、申し訳御座いません…って、黄尚書!?」 「怪我は無いか」 …が、いきなり現れた人影に立ち止まる事も出来ず、激突。 彼の人の腕の中へ収まってしまった。仮面の才人・黄奇人…本名、黄鳳珠。 両腕でしっかりと抱きとめられてしまったので倒れる事は無かったが、此れは此れで、とても恥ずかしい。 「秀麗殿ーッ!」 「うわ、もう来た…」 流石は有能で名の通る黄尚書、其の一言だけで現状を把握したらしい。 己の後ろへと身体を通させて、先を促すように背を押す。 「行け」 「え?…あの、でも…」 「良いから、行け」 多少、困惑の表情を見せていたが、ペコリと勢い良く頭を下げると走り去る。 其の背を見送って居たが、代わりに聞こえてきた無粋な声の方へと視線を向けた。 後頭部で結わいてある仮面の紐に指を絡ませ、解く。 「秀麗ど…っ…ひィ…!」 曲がり角で思わぬ人物に、思わぬ形で出くわした官吏達は揃いも揃って、腰を抜かした。 仮面を外し“此の世のものとは思えぬ美貌と美声”を思う存分晒す、黄鳳珠に真正面から向かってしまった故だろう。 最低でもむこう3年、まともに仕事に手が付かなくなり、出世街道から多いに反れる事、間違い無しだ。 「騒がしい、散れ。今後、あれを追うな」 整い過ぎた造作で怒りを表されると、時として其の美しさは増すという。 彼も其の類だったようで、苛立ちを隠さぬ其の美貌を目撃してしまった官吏達。 気を失う、正気を飛ばす、逃げる…それぞれに反応を見せた。 消えた官吏達を視線だけで追うと、溜め息一つ、仮面を早々に付け直して。 大分、時間は割かれてしまったが、当初の目的である一室へと歩を進めた。 其の様子を、運良く彼の顔立ちを見ない位置から観察していた人物達。 「っの、鳳珠め……!!」 バキリ、と憎しみ余って愛用の扇子を叩き割った黎深。 姪と悪友の、何だか良い雰囲気を目撃してしまって怒り心頭。 「…黄尚書でしか出来ない荒業だな」 「やるねぇ…」 執務を終えて帰還した双花。 此方はただ、ただ、感心するのみ…だった。 fin.