近寄りたくない相手が居る。 正確に言うと、羨ましくて、疎ましい。 明るい性格とは正に彼の事を言うのだろう。 些細な事で泣き、笑い、怒る。 朝には少し寝坊して…其れでも、成績は優秀なクラスのリーダータイプ。 日常がとても良く似合う、幼馴染殿。 俺とは正反対な。 【GAME OVER】 「笑ちゃん!笑ちゃん、ってば!」 マンションの廊下を叫びながら追いかけて来る。 俺の早歩きと彼の小走りでも速度は大して変わらない。 生来のコンパスの差も有るだろうが、日々の訓練の賜物だろう。下らない所で発揮したもんだ。 「タマ、近所迷惑になります。静かにして下さい」 「止まってくれたら静かにするよ!何で出て行っちゃうのさ!」 あそこは笑ちゃんのマンションなのに、と泣きそうな声で叫ぶ。 「仕事上、止むを得ず、ですよ」 溜め息を一つ落としながら歩調を緩めて、やがて止まる。 此れは、嘘。本当は居辛くなったから。 振り向くと今度は怒った様に眉間に皺を寄せる表情が目に入った。 先ほどまでは泣きそうな声を出していた癖に、相変わらず表情がコロコロと変わる。 「嘘だ。笑ちゃんの嘘くらい分かるよ」 「証拠も何も無いのに嘘だと決め付けるんですか?」 そんな、軽口は無言で流される。 「俺が嫌いになった?」 「…そうだ、と言えば納得して貰えますか」 此れも、嘘。別に嫌いな訳では無い。 ただ、近寄りたくないだけ。 其の暖かい空気に、其の幸せそうな笑顔に。 少しでも触れたら自分を見失いそうになる。 「もう、話し合う事も有りません」 そんな臆病者など、本来、君の傍に居てはいけないから。 臆病者は足を引っ張る、そう相場が決まっているだろう? 「笑ちゃん、俺は…笑ちゃん!」 縋る声を無視して、再度相手へ背を向け、逃げるように其の場を離れる。 思ってる事を素直に言えれば楽なんだろうけど。 実際に出るのは皮肉ばかりで。 大事にしたい、と切実に願っていても。 きっと、結果、君を傷付けるのは俺自身。 マンションの少し離れた路地まで出ると、流石に追いすがる声は聞こえなくなった。 片手で顔を押さえ、俯く。今は誰にも顔を見られたくなかった。 「…ごめん、タマ…」 小さく呟いた言葉は霧散して宙へと消える。 本当は、何よりも、誰よりも。 だけど、そんな事、言える筈が無い。 逃げた俺には“愛してる”なんて、言う資格は無い。 fin.