あと少しで昼飯時と言う時間。 普段からは想像も付かない上擦った声で。 『あ、あの…っ今度の休み、空いてるかな?』 そう、連絡を寄越した式部隊長へ。 …僕は初めて、嘘を吐いた。 【休日】 そう…と残念そうな響きと、急な連絡への謝罪を口にすると通話は切れた。 後に残ったのは時計が響く空しい音と、ほんの少しの罪悪感。 別に予定は無いし、此れから入れる予定も無いけれど、ただ何となく式部隊長の誘いに乗り辛かった。 「そうだ、買い出し…」 少ない特刑の休日、出来る事は纏めて終えて仕舞わないと後で困る。 冷蔵庫の中身を確かめに小さな扉を開く…が、買った覚えの無い食材が所狭しと並んでいた。 『駄目だよ、ちゃんと食べなきゃ!ほら…じゃーんッ、買出ししてきたんだ』 何がどうなっているのか、と、摩訶不思議現象の根底を探ると式部隊長が浮かんだ。 そう言えば、先日の出勤前に押しかけてきたんだった。 此れなら買い出しに問題は無い。 ならば掃除…と思っても、見る限り塵…一つくらいは落ちているだろうが、綺麗なものだ。 『男の独り暮らしでも綺麗にしなきゃね。でも、羽沙希君の部屋、物が無いから楽だね?』 再度、浮かぶ式部隊長の顔…笑顔。 今、考えると色々と世話を焼いてくれている…自分の事だって大変だろうに。 先程、芽生えた罪悪感が一層、膨れ上がった。 だが今更、行けるようになった、と言うのも可笑しいだろう。 悩んでいるとピピピと飾り気の無い電子音を立てて、携帯が鳴った。 急ぎ、手に取って見て見ると“御子柴隊長”の文字。 「はい」 『おー、羽沙希?お前、清寿から連絡無かった?』 「有りましたけど…」 断った、と口に出しづらく口を閉ざす。 其の沈黙を、隊長の大きな溜め息が遮った。 『あのなぁ…こう言う事俺から言うのも何だけど…あいつ、自己中なんだよ』 「……式部隊長が?」 『そ。俺よりもよっぽど好き嫌い激しいし、自分が気に入って、尚且つ手が掛からないようなヤツだけ居れば良いって感じ』 「…意外です」 『だろ?でも、最近はお前の為に尽くすし、似非くさい笑いも減ったし…』 「御子柴隊長、何が言いたいんですか」 長々と続く式部隊長解説に痺れを切らして先を急かす。 此の人らしくない回りくどい話の進め方に、苛立ち、口調が僅かに刺々しくなった。 『…要は御互い、わだかまりの無い様にしろって事』 苦笑の気配を零したかと思うと、じゃあな、と一方的に別れを告げられて通話が切られる。 ツーツーと言う電子音は、また静かな部屋に意識を引き戻した。 「無いようにって言われても…」 もうわだかまってしまった事はどうすれば良いのか、分からない。 困ったまま立ち尽くしていると、再度、受話を告げる電子音が鳴った。 其の表示が知らす名は。 「…式部隊長?」 ピ、と小さな音を立てて携帯を耳へと運ぶ。 『あ、羽沙希君?急にごめんね!笑太君から“羽沙希に弁明しとけ”ってメールが着て…笑太君から何か言われたの!?』 あの人は本当に抜け目が無い。 其の行為への「余計な御世話」と言った苛立ちは無いが、其の気配りに裏が有るように思えてならないのは気のせいだろうか。 「いえ…あの、それより式部隊長」 『ん、どうしたの?』 「申し訳有りません、僕は嘘を吐きました」 『…嘘?』 「次の休みに予定は入っていません」 流れた沈黙に耐えて、怒られる罵声を待った。其れとも、呆れて声が出ないか。 ただ返った声は良そうに反したものだったが。 『っ良かったぁー!じゃあさ、一緒に御飯食べに行かない?美味しい所、見つけたんだ』 「…怒らないんですか?」 『怒る…って、何で?』 「何でって…」 僕が嘘を吐いたからです、とは流石に言えなかった。 言葉に詰まっていると電話口からクスクスと笑う声が聞こえてくる。 何時までも止まらぬ、其の声に話し方の切り出し方も分からなくなり、ただ待った。 『だって、羽沙希君、ちゃんと謝ってくれたでしょう?…其れに何か理由が有ったんだろうし』 絶対の信頼を寄せられる其の言葉に、チクと胸が痛む。 心中で再度、相手に謝った。 『其れに、僕だって子供じゃないんんだから其れくらいで怒ったりしないよ。其れより、御飯。一緒にどうかな?』 「…えぇ、はい。行けます」 『有難う、詳しい事は後で連絡するね。…笑太君、本当に何も言わなかった?』 「式部隊長が気にするような事は、何も」 『そう、笑太君の悪戯だったのかな…じゃあ、またね』 その後、またもや急な連絡の謝罪と、約束の念押しをされて通話が切れる。 最初の電話の後の罪悪感は少しも残らず、知らずに小さな笑みが零れる。 開いたままの携帯を良い事にスケジュールを操作して、予定を組み入れた。 「次の休み…は、土曜日か」 “式部隊長・食事”と書かれた文字に少し心が弾む。 当日までの残り数日も、こんな気分で過ごすのだろうか。 fin.